私談・楚漢銘々伝

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551  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/09(Sat) 21:34:12 ID:e14d5caf
項羽を相手に粘りに粘って本当に落とされたらやばすぎる場所はほぼ守りきってるからね

552  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/09(Sat) 21:36:33 ID:99cb2ac2
譜代の臣も頼れる親族もおらず自身が最強、というと劉秀や朱元璋もそうなんだけどこちらは最後の方は臣下任せに移ってるのね

李世民、趙匡胤も譜代がいない(少ない)という点では近いかな

553  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/09(Sat) 21:36:40 ID:b9a2c3cd
北朝系の皇帝に皇帝親征が多いのも「強い皇帝」であることを見せつけないと政権が持たないってのもあるからな。

554  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/09(Sat) 21:47:26 ID:2e570e78
史記には高祖ってこんな変なやつだったって笑えるような話も多いけど、
ちゃんと要所要所で家臣たちが平伏するような威厳とかちゃんとあったと思うしな。

でなけりゃ、あのある意味自分以上なんていやしないとか内心で考えてそうな
韓信に寝込み襲ったとはいえ、位勝ちなんて出来ないと思うし。

555  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/09(Sat) 21:48:42 ID:736edea6
で、実力者の君主が死ぬと軍を握っている皇族や重臣が簒奪するのがデフォ

556  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/09(Sat) 21:48:50 ID:e7f15f0c
他の勢力が項羽とガチ対戦すると鎧袖一触で粉砕されて
あとの占領とか鎮圧に項羽は手間取ってるだけだけど
劉邦だけはガチっても相当粘ってから負けるという比較からは
劉邦最強説(韓信除く)は説得力あるよね

557  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/09(Sat) 21:51:43 ID:cf14cbdd
だけど劉邦に対してはこいつどこで軍事学んだんだよという謎は出てこない

なので韓信に対しても不思議に思う必要はないんじゃないかなーw

558  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/09(Sat) 21:54:05 ID:67912a00
劉邦軍団は小規模な戦いからいろいろ経験積んでった(実際初期はグダグダ)けど
韓信はいきなり大軍指揮して結果出してるのがおかしいって話や

559  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/09(Sat) 21:56:42 ID:69f7292e
劉邦や劉備って戦は下手くそ扱いされるけど実際はそんなことはないわな

560  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/09(Sat) 21:58:26 ID:84396af5
確かに光武帝の部下だと呉漢とか馮異とか遠征軍率いてるけど別に背くそぶりも見せなかったけど
これは結局「漢室」というブランドに自分が反する意味を見つけられなかったんじゃないのかと思ってる。
立ち位置としては劉邦と配下の関係より始皇帝と王センの関係に近かったのではないだろうか

561  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/09(Sat) 22:16:24 ID:38456440
>>558
実は韓信はなろうの転生主人公だった・・・・?

562  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/09(Sat) 22:17:35 ID:08e6e303
劉邦の初期はひどかったよね。ここで最初に見たときは唖然とした。
赤龍王の劉邦のあの鮮やかな勝利はずいぶん盛っていたんだな。

563  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/09(Sat) 22:17:22 ID:e459935d
>>560
新滅亡後の戦乱では、各地で漢の皇帝の末裔が割拠していたから、漢室ブランドよりは
光武帝との個人的な信頼関係によるものが大きいと思う
光武帝は、時には劉邦以上に過酷な状況に置かれていたが、そんなときでも配下は見捨てなかった
劉邦が決して持てなかった人望と友情を持てていた

564  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/09(Sat) 22:21:07 ID:5b3d7384
いやぁ流石にそれは言い過ぎじゃないか
劉邦にだって人望や友情はあったと思うぞ

565  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/09(Sat) 22:25:45 ID:d5446f61
裏切ったやつも多いが、裏切らなかったやつだって多かったから鎮圧できたわけだしな

566  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/09(Sat) 22:42:17 ID:1234b47e
信長でもよく言われるねえ

567  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/09(Sat) 22:44:13 ID:5effce1a
話題ちょっと戻すことになるんだけど
なにげに曹操ってあまり粛清ってやってないような気がした
漢の朝臣はかなりの数抹殺してるけど
あれはあくまで朝廷内のライバル、政敵だし。
明確に家臣を粛清したといえるのは曹植一派の排除くらいじゃなかろうか
あとは、証拠は残ってないが荀彧くらい

568  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/09(Sat) 22:44:23 ID:b37e58a2
でも劉邦って攻城戦めっちゃ弱くない?

569  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/09(Sat) 22:45:45 ID:67912a00
むしろ韓信以外全員苦手まである >攻城戦

570  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/09(Sat) 22:45:48 ID:3b7758d7
>>561
事業失敗→三行半→商周革命の参謀という
太公望も大概だったり
中華なろう英雄伝説ってゲーム作れる程度に人材豊富

571  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/09(Sat) 23:50:18 ID:948f89f9
>>525
伝統的な儒教文化が今でも残ってるって考えてるの?
文革でバカ人民が天下を取って
今じゃエリート層(笑)が史記すら読んだことがなくて普通なのがあっちなのに

572  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/09(Sat) 23:55:39 ID:8e67d501
だからってまったく無くなったとは思わないなあ
日本だって大分変ったけどそれでも戦前からの価値観が全て払拭されたわけでないし

573  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/09(Sat) 23:57:36 ID:38456440
>>571
習近平のインタビュー背景見ると菜根譚やら中国古典普通にならんどるぞ

574  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/09(Sat) 23:59:39 ID:7ff017b0
まあ漢において韓信、英布、彭越がいなかったら
No.1かもなぁww

575  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/10(Sun) 00:06:59 ID:d5782c24
ただの亭長のおっさんが武将として最強クラスまでのし上がったって冷静に考えるとすごい話だなwww
劉邦視点で戦場を見る作品なんてあれば戦闘ごとの成長がすごくて面白いのかもしれん。

576  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/10(Sun) 00:24:11 ID:dac816ef
韓信の劉邦評の「10万の将」って何気にすさまじい高評価だからな。
かの西国無双、立花宗茂が、「自分がうまく率いることができる兵数は3000ぐらい」と言っていたり、
関ケ原の合戦で個々の武将が率いていた軍勢は多くてもせいぜい数万程度だったことを考えれば破格といえる。

中国はスケールのでかい戦い多いけど、
例えば長平の戦いの趙軍40万は廉頗ですら野戦では扱いきれずに防衛戦に徹してるし、
10万規模を超える大軍指揮は王翦クラスのその時代を代表する将軍のみに許された世界なのだろうな。

577  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/10(Sun) 00:27:15 ID:dac816ef
>>573
まぁ、>>525は中国人的思考回路という意味での「儒教的」なので、
古典や本来の儒教の伝統がどうこうというのは関係ないので、
>>571の指摘はかなりずれてるんだけどね。

578  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/10(Sun) 02:25:13 ID:746984be
>>575
五胡十六国の時代にも匈奴の劉淵や羯族の石勒が「やっぱ男なら劉邦だよな!女やガキの弱みにつけこむ曹操とかしばちゅうとかカッスやで!」とか言い出してるからな。

579  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/10(Sun) 08:00:15 ID:86f36b77
>>576
平野が広いところは本当に広いのが大陸。
そういうところって合図する太鼓やのろしって遠くからでもわかるからな。
(自宅から、(約2キロ先)最寄りの沿線まで延々田んぼ畑なので、
夜や朝方は電車が来るとわかる)

580  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/10(Sun) 08:43:13 ID:d313995f
無線無しじゃそれ以上指揮できねえよ言われてたな

581  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/10(Sun) 08:49:31 ID:fab90ae8
>>575
だから農民から成り上がった皇帝として評価がすごい高いのよ、劉邦
人格的な問題は多いけど、それこそ「常人じゃない者は凡俗が評価するものじゃない」みたいなところはある

子捨てにしろ父親見捨てるにしろ罵倒にしろ、劉邦は凡俗じゃないから批判される謂れ無しって断言する研究者がいるくらいだ

582  名前:534[sage] 投稿日:2017/09/10(Sun) 09:04:12 ID:dac816ef
>>396
色々と調べてみて思うに、これは実はやっぱり当時は「親捨て」的なエピソードとしては捉えられてなかったんでは?
むしろ、「親を煮殺されようがお前を滅ぼすまで徹底的に戦う」という決意表明という意味合いだったんじゃないかな。
韓非子の「巧詐は拙誠に如かず」の楽羊の話を踏まえての。
理由としては以前に書いたものの繰り返しも含むが

・劉邦と劉大公は死別するまで良好な関係を保ち続けたのは>>1が書いてきたとおりだが、この件が両者の関係に影響を与えた形跡がない。
・子捨ての時の夏侯嬰のような家臣のドン引き描写がない。
・陸賈の新語に書かれたように、劉邦公認エピソードであり、隠すようなものではない、むしろ態々書き残すべきエピソードとして扱われている。
・韓非子は自らの理論を説明するのに寓話を多用するが、その韓非子が持ち出したエピソードということは、楽羊の話は当時は有名な話だった可能性が高い。
・また、劉邦は魏に縁があり、また楽毅も尊敬していてその子孫を封権している。楽羊は魏の将でかつ楽毅の祖先でもあり、劉邦が知っていても不思議じゃない。
・楽羊は子供のスープを飲み干したことは、子供を殺されようが中山国を必ず攻め滅ぼすという決意表明ともとられていた。

といったところを踏まえれば、
「とーちゃん煮たスープを飲ませろ」は「とーちゃん死のうが関係ないね」というより、、
「父親を煮殺されようが、我が子を煮殺された楽羊と同じように必ずお前を滅ぼす」
と言った意味合いで発言された、と当時は考えられた可能性が高い。
項伯の「われらに益はなく、かえって劉邦の恨みを買うからよくない」も、「劉邦は酷薄だから父親殺しても意味がない」というより、
「楽羊と同じく、かえって恨みによって戦意を高めるだけだ」
という意味だとしたら、諫める言葉としてより説得力がある。

583  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/10(Sun) 09:17:49 ID:dac816ef
>>582
自己レスだが、
劉邦が楽毅を尊敬していたのは、その義侠的生き方を尊敬していて、と言われている。
劉邦が義侠の気風を好むのは、信陵君を尊敬していた等、>>1が書いてきた通り。
中華的義侠とはちょっと違うかも知らんが、
「親父やられても楽羊と同じように必ずお前のタマとったらぁ!」という啖呵だと思うと、
劉邦のキャラ的にも違和感はない。

584  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/10(Sun) 09:29:09 ID:338faff2
>>583
なるほど納得した
でも長ええ

585  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/10(Sun) 10:35:58 ID:281625a6
>>576
中国10倍算による結果で実際は1万くらいという意味の可能性

586  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/10(Sun) 10:46:29 ID:dbfcc30b
書き込む前に深呼吸して長くないか考えてからにしよう

587  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/10(Sun) 11:05:53 ID:ab262e9e
>>586
長文なのはわかってても文章を短くするのが下手だからなかなか短くできないんじゃね?
言いたいことが沢山ある場合、要約して文章を短くするのにも技術がいる

588  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/10(Sun) 11:07:31 ID:dac816ef
>>584
>>586
すまんね。これでも内容絞って書いてるんだけど。
「親父のスープ飲ませろ」は今の常識ではただの畜生エピソードだけど、
そうじゃないって見解出すには十分な傍証が必要だし、
その説明のための楽羊という武将の存在等が現代で十分な知名度をもっていると思えなかったので、背景説明に字句を費やす必要があると思われたので。
それこそテストスレに書き込んで推敲したけど、
前提条件を十分わかっているわけでもない人に説明するためにはバッサリ削れる部分があまりなかった。
長いのは悪だが、中途半端に短くして説得力をなくしたら、ただのゼロだからね。

589  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/10(Sun) 11:19:10 ID:ab262e9e
長くなるなら何回かに分けて、他の人と会話していく中で小出しに発言していけばどう?

590  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/10(Sun) 11:30:41 ID:a3046ee3
項羽って何かと煮殺すのが好きだよな。
周苛、王陵の母ちゃん…

591  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/10(Sun) 11:34:44 ID:5a5d4719
そうかな?劉邦だってかい通を煮殺そうとしたし
斉王田広によってレイ食其も煮殺された。割とこの地域、この時代においてのメジャーな
刑罰だったのでは?

592  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/10(Sun) 11:40:42 ID:dac816ef
>>587
すまんね。前提知識が十分ある人相手なら、

「これって韓非子の「巧詐は云々」の楽羊をふまえて、「親父を殺してみろ!楽羊のようにお前を滅ぼすまで戦うぞ!」という啖呵であって
 父捨てという意味合いではないんじゃないか?
 そうであるなら劉邦公認で新語に残した意味も分かるし、
 項伯の言葉も「劉太公殺しても楽羊のように益々戦意が高まるだけで益がない」という意味になってより筋がとおるよね?」

で終わるんだが
まず前提となる楽羊が現代ではマイナーであるということ、
無教養で韓非子を知らなそうな劉邦が楽羊を知っていた理由を説明しておく必要があること、

そして何より、やはり「親父スープ」という現代ではただの畜生エピソードが、
実は劉邦ageエピソードであるということを説明するために、くどくなってしまうというところがある。

593  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/10(Sun) 12:50:31 ID:fab90ae8
>>590
穴埋めが好きだったのは埋めて土の中で熟成させたあと掘りだして食うのが趣味だったのかもしれない>>項羽

594  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/10(Sun) 12:55:47 ID:86f36b77
>>593
イヌイットが食うキビヤックじゃあるまいし

595  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/10(Sun) 13:22:43 ID:338faff2
レキイキスープもだし
水滸伝の時代も近世まで食人ドンと来いなところだからなあ

596  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/10(Sun) 13:27:52 ID:fab90ae8
水で煮るのじゃなくて油で煮るから、スープというより素揚げなのでは?

597  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/10(Sun) 13:34:49 ID:e209b2cf
だから長文はテストスレ挟めよと

598  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/10(Sun) 13:38:16 ID:8bc32f7f
人間えのころ飯とか
ttp://i.imgur.com/L9NVNRw.jpg
ttps://i.imgur.com/sr5UO9b.jpg

599  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/10(Sun) 14:05:01 ID:093a7764
ここは、1氏の作品の発表の場であって、誰かしらの自説の発表の場ではない。

600  名前:普通のやる夫さん[sage] 投稿日:2017/09/10(Sun) 16:51:38 ID:fab90ae8
テストスレ経由の長文も禁止だったなー