やる夫で学ぶ「法学者の統治論」その2

レス数:393 サイズ:773.24 KiB 最終更新日:2026-02-21 23:54:25

381  名前:◆sSLW7aecKk[] 投稿日:2026/02/21(Sat) 11:42:07 ID:72224798

まとめ

①バーキル・サドルの死後、イランに亡命したウラマー層とそれ以外に亡命した非ウラマー層で
 法学者の統治論を巡って対立・分裂が発生する。特に革命の方法、性格、展開がその論点となった

②親イラン派ウラマーはホメイニーの思想に寄った理論を構築した

③カーズィム・ハーイリーは、「民主主義」「シューラ―制度」を多数派による少数派抑圧として批判
 「権威の保持者」というキーワードで、法学者は神にのみ責任を負っており、民衆に責任を負う必要はないと整理。
 一方で、一般のウラマーに民衆との仲介を見出すことも提唱

④マフディー・アースィフィーは、「権威の保持者」というキーワードを提唱。正当化は他の論者とか変わらないが
 彼は、イスラーム主義運動は「権威の保持者」の下で編成されなければ失敗すると警鐘
 「権威の保持者」=ホメイニーの旗の下に集まることが、実践的な運動に繋がると提示

⑤ダアワ党は、親イラン派ウラマーと違い、サドルの思想を受け継いで、民主的な選挙、ウラマーの話し合いを重視した
 法学者の統治論を提唱。そこにはイラン/ホメイニーの影響を受けないようにするための理論づくりがあった。



                               ./ ̄ ̄\
          ____                 ./^  ⌒  \
        /      \            (●)(●)    |       というわけで、まとめはこうだろう
       /   ─  ─ \          (__人__)      |
     /    (●)  (●) \         ヽ`⌒´     |        今日行っていた奴らは、結局2000年代までに排除されたってことは
     |       (__人__)    |     ____ {____  |
     \       ` ⌒´   ,/    // ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ /._ノ         イラクにおける、法学者の統治は、サドル流になったってことかな?
___/           \   .//               /  ⌒l
| | /    ,           ヽ //              /  .|  |
| | /   ./                //              /   |  |
| | | ⌒ ーnnn . _____//_,_,______,_,_/_ ___|  |____
 ̄ \__、("二) .`――――-((」II.IIニニニニニニエ!    (U ⊃

.