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名前:◆sSLW7aecKk[] 投稿日:2025/07/03(Thu) 19:32:35 ID:bb10a7fc
>>899
イラン側の反欧米思想の起源ということを考えるならば
タバコ・ボイコット運動(1890)→イラン立憲革命(1906)の流れがより重要なのではないかと思います。
ホメイニーの著作でも、なぜ法学者の統治が有効なのかを論じるときに、しばしば19世紀~20世紀初頭のイランにおいて
ウラマーが果たした役割…特にタバコ・ファトワーの本質は反植民地主義と論じていることからもうかがえます。
もちろん、その後のアメリカの役割も反欧米思想を強化する切っ掛けとなったことは間違いないでしょう。