やる夫で学ぶ「法学者の統治論」

レス数:681 サイズ:1073.05 KiB 最終更新日:2024-10-03 21:59:46

678  名前:◆sSLW7aecKk[] 投稿日:2024/08/31(Sat) 14:26:12 ID:73ce03a5
>>675
本編でも少し触れましたが、彼は批判的に西洋の学問を吸収してきたわけです。
具体的には以下の3つの学問領域が革命思想に影響を与えたと言えるでしょうか。


第一に、当時のフランスの社会学です。実証主義が特に影響を与えたようですが、彼はこれを批判します。
なぜならば、当時の社会学は西洋が西洋を見るための学問であり、第三世界を見るための学問ではないからだと。
さらに、彼は社会学でありがちな、観察者・分析者の中立というのも批判的です。
社会学のような科学は、社会にコミットメントして初めて意味があるのであり、傍観者ではなんの意味もない学問だと切り捨てるわけです。
それゆえに、学者=知識人というものは、中立を捨てて社会参画すべきという方向になるわけです。

第二に、より影響を強く受けたのは、ポスト・コロニアル理論でしょう。
留学当時、アルジェリア独立戦争の真っ只中。その思想的イデオローグであるフランツ・ファノンの著作を読みこんでいたようです。
欧米の帝国主義が、世界の人々を苦しめたことを自覚し、その欧米と決別する重要性を理解したと思われます。

ただし、ファノンが欧米の影響から脱するために、植民地者に対する暴力の権利を正当化したのに対して、
シャリーアティーはそれを否定して、自己の内面からの改革をすることが欧米からの影響離脱に繋がると考えたという違いがあります。
どうやら、ファノンのような欧米から直接的に離脱するやり方ににためらいがあったようです。

第三に、社会主義の影響も色濃いです。
彼はソ連やフランスではなく、当時社会主義であったエジプトからその影響を受けているようです。
彼は、マルクス主義は現実の世界を変えるイデオロギーではないと批判するものの、その世界観はマルクス主義に近いものです。
彼は、人類の歴史を私有財産の発生(第一期)、機械の出現(第二期)で分類し、この過程で一部の人間が資源を独占することを産んだと指摘します。
このような発展段階説的な説明から、現代の問題を説明するやり口は、マルクス主義に近いものでしょう。

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