やる夫で学ぶレンティア国家

レス数:631 サイズ:779.42 KiB 最終更新日:2018-04-28 03:38:19

153  名前:◆gKNcHiCsig[] 投稿日:2017/09/10(Sun) 18:28:48 ID:a95387bb
>>149 >>150
>>150の方がおしゃっているように、西欧がキリスト教会の前に、ローマ法が成立している状況(政教二元)
イスラーム社会はイスラームが宗教であり法として登場した(政教一元)わけであります[小杉 1994]。
もちろん、これは原則でありますが、政教分離というのは近代化の重要な要素の1つでありますので
イスラーム社会における政教一元的状況は、後進的・非合理的なものと見なされました。
そのため、中東例外論の大きな要因の一つであると言えます。





ただし、「アップデートを自ら否定」と言う点に関しては論争があります。
伝統的イスラーム学には、イジュティハード(学者が、知識と思索を動員して特定の解釈・結論を得ること)というのがあります。
これは、伝統的なクルアーンやハディースの字義的解釈に従うのではなく、自身で独自に新たな解釈をしようというものであす。

この、イジュティハードは古典期(9世紀末)までには盛んに行われていていましたが、それ以降は、伝統的な解釈に従い、現在までイジュティハードをしなくなった。
つまり、伝統的な先人の解釈やクルアーンなどの規定に従い、自分で創造的な解釈をしなくなった。
これを「イジュティハードの門の閉鎖説」と言います。この学説は欧米研究者では1980年代頃まで有力な説でした。


しかし、本当に新たな解釈の営みが行われなくなったかというと、次の3点から疑問があります。
もちろん、イジュディ―ハード有無のみで、現代のイスラームの硬直性を論じることはできませんが参考として。

1、シーア派においては、イジュティハードを支持するウスール学派と支持しないアフバール学派の論争があった。
  19世紀まで後者は力を持っていたが、最終的に前者が勝利して、20世紀以降は積極的にイジュティハードをしている。
  (例えば、ホメイニーの法学者の統治論などは典型例)

2、イフター(ファトワーを発すること)においては、伝統的な字義的解釈ではなく明らかに創造的な解釈をしていた[Schacht 1964]。
  (例:コーヒー論争、タバコ・ファトワー、ムトア婚など)

3、サウジアラビアにおけるワッハーブ運動後、ハンバル学派を中心にスンナ派においてもイジュティハードを行うべきだとする説が有力になったこと。

※これらの実証的な研究は[ハッラーク 2003]参照。


政教一元論に関して
小杉泰.1994.『現代中東とイスラーム政治』 昭和堂.

「イジュティハードの門の閉鎖説」に関して
ハッラーク, ワーイル.2003.『イジュティハード の門は閉じたのか―イスラーム法の歴史と理論』 奥田敦編訳, 慶應義塾大学出版会.
Schacht, Joseph.1964.An Introduction to Islamic Law. Oxford: Oxford University Press.

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