やる夫で学ぶ並行イスラーム論

レス数:513 サイズ:655.43 KiB 最終更新日:2018-04-28 03:37:43

146  名前:◆gKNcHiCsig[] 投稿日:2016/12/31(Sat) 21:28:39 ID:a9b1413b
>>142
ソ連時代にはアゼルバイジャンのバクーを本拠地とする「ザカフカース・ムスリム宗務局」と呼ばれる、公式イスラームの組織が有りました。
この組織の、管轄範囲はザカフカース(アゼルバイジャン・アルメニア・グルジア)のムスリムとソ連全体のシーア派でした。
つまり、バクーを本拠地に持つイスラーム組織によって管理されていたわけですね。

しかし、ザカフカース・ムスリム宗務局は12イマーム派(イランとかと同じ)であり、タジキスタンのイスマイール派と根本的に違います。
そのため、実際はザカフカース・ムスリム宗務局がきちんと管理できていなかったと言います。

一方で、インドにはイスマイール派のニザール派(アサシン教団で有名な)イマームであるアーガーハーンがいました。
ソ連時代、タジキスタンのイスマイール派はこのインドにいるアーガーハーンを精神的な指導者として崇めていました。
煎じ詰めれば、建前ではザカフカース・ムスリム宗務局に従い、精神的にはインドのアーガーハーンに従っていたのです。

ソ連当局の目ではシーア派として一緒くたにされていたんですね。